Toshiki Okadaの1stアルバム「Wanderer」

Toshiki Okadaの1stアルバム「WANDERER」がHULAHOOPERS初の音源リリースとして登場。 憂鬱なサンプリングトラックにIDM・エレクトロニカ的な手法を組み合わせたシネマティックなアンダーグラウンド・ヒップホップ作品となっている。2000年〜2006年までにつくられたアーカイブから選曲したトラックメイカーToshiki Okadaによる名刺代わりの1枚。

INTERVIEW インタビュー

まずはじめに自己紹介をお願いできる?

岡田俊樹です。トラックメイカーで仕事はグラフィックとWebのデザイナー。DJもしてたけどDJと名乗るのはやめた。

HULAHOOPERSではどんな役割をしているの?

WebやSNSでのプロモーション活動と映像作品にデザインで参加したり、作品に意見したりアシスタントもしてる。デザイナー兼プロデューサー兼アシスタントだね。

ファーストアルバムとなる訳だけどリリースに至った経緯は?

DJをすることになんか違和感を感じはじめてから人前でプレイすることも最近はしてないし、自分が音楽やってる人よりデザイナーとして認識されることが多くなってきたのもあって、もう一度音楽をやっているトラックメイカーだってことをみんなに知ってもらった方がいいかもと思ったのが大きいかな。恥ずかしがらずにね。
あとは最近ファーストアルバム出した好きなトラックメイカーが40代だって知って「オレもまだやりたい!」って思ったのもある。

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Release Date: 2016.11
Tracks: Toshiki Okada
Label: HULAHOOPERS
Illustration : Andrew Groves

10年以上も前の音源もあるみたいだけどなんで過去の音源を出そうと思ったの?

過去の音源をすごく気に入っているのもあるし、途中から作風が変わったから初期のものをまずリリースしてからじゃないと今やりたいことに進めないと思ったのがきっかけ。

当時はどんな想いで制作してたの?当時の時代背景とかも交えて教えて。

最初はエレクトロニカとか音響系といわれるような音楽が自分たちの中で流行ってて、SphontikたちとTortoiseみたいなインストバンドをやってたんだけど、打ち込みをやりたくて徐々にソロになっていった感じ。中学からスケボーもやってた割にティーンのときにヒップホップは全然聞いてなくて、DJ ShadowとかAphex Twinに出会ってエレクトリックミュージックにのめり込んでいった。当時はNinjaTuneとかMo'Waxとかからリリースしてプロになって〜とか考えながらバイトから帰ったらひたすら1日8時間くらいトラックつくってっていうのを19歳から25歳くらいまでやってた。デモもたくさん送ってColdCutからメールも来たんだけど結局リリースはできなかったね。でもトラックをキッカケに青山蜂でやってたMAGNETICっていうイベントに誘ってもらってレギュラーDJになれたし、DJの先輩たちとも出会えたから良いこともたくさんあったね。プロのDJやプロデューサーともたくさん共演できたし。

具体的な手法とか機材を教えてもらえる?

このアルバムの頃に使っていたのはMPC2000XL、Roland MC202、TR-606、Micro KORG、エレキギター、鍵盤ハーモニカとソフトシンセはReasonから、シーケンスソフトはCubase。今はAbleton LIVEがメイン。
当時はサンプリングのネタも全然詳しくなかったから、誰も使わないようなポルノ映画のサントラとかニュース番組とかで使うライブラリミュージック、エキゾティックモンドや謎のフュージョンなんかを元がなんだかわからないくらい細切れにサンプリングしたり、自分で弾いたギターとかシンセを乗せたり、友達の彼女の声を録音して使ったり、膨大な時間を使って作ってた。

影響を受けたアーティストは?

DJ Shadow、Luke Vibert、Bonobo、Daedelusあたり。あとはインストで変わったヒップホップつくってるビートならなんでも聴いた。奇抜さと聴きやすさのミスマッチがおもしろい感じのビートが好きだったね。踊れるのはあんまり聴いてなかったからダンスミュージックのフォーマットを使ったベッドルームミュージックばっかりだね。

20代から30代にかけて変化していったものってあるかな?

やっぱり24歳くらいでデザイナーの仕事についてから、仕事では「全員に伝わるもの」を目指してつくるでしょう?そうすると自分の音楽を人に知らしめるのがどれだけ「針の穴に糸を通すようなこと」なのかわかってきたよね。あとは仕事である程度クリエイティビティが発揮できる分、音楽とデザインのどっちが自分にとって大きなパイを締めているかで葛藤はずっとあった。

HULAHOOPERSとしては音源のリリースは初めてだけど、今後レーベルみたいにしていきたいって想いはあるの?

あるね。結成当初からその気持ちはあったけど、日本の音楽を全然知らなかったから、なかなかキッカケになるアーティストに出会わなかった。でも今は意識的に日本の音楽も聴くようにしてるよ。
もちろん音楽に限らず映像とか、平面とか立体のアートとか本とかもリリースしたらおもしろそうだよね。

今後の活動予定や音楽的なアプローチで試したいことは?

アーティストとしてライブとかの活動予定はないけど、曲は隙間をみつけてつくり続けたいね。
WANDERERはすごくメランコリックで情緒的なアルバムだけど、今後はもっとミニマルなベッドルームテクノみたいなものをつくりたい。

ありがとう、最後にアルバムの感想や制作過程でのエピソードがあれば教えて。

自分で言うのもなんだけど、すごく気に入っててアルバムとしての流れもあるしいいよね(笑)当時はDJやるよりも先にトラック作ってて音楽的な知識が全然無かったし、何をサンプリングしたかもう覚えてないからDJには多分向いてないんだろうね。あとは田んぼに囲まれてて音楽好きなヤツなんか誰もいないような埼玉の田舎で生活してて、元バンド仲間はいたけど、他の友達はみんなスケボーに夢中だったし、バイト代は全部機材に使ってて金はないし、つくってネットで発表してるだけだから報われようがないしで心は結構すさんでたね。全部曲にあらわれてるけどね。いい曲つくればフックアップされてプロになれると思ってたんだね。甘いよね。
今はネットからフックアップされるのもあり得る時代だけど、当時はそうじゃなかったから。

PROFILE プロフィール

Toshiki Okada

Toshiki Okada

1998年よりトラックメイキングをはじめる。アングラレーベル「Adnap Record」のコンピレーションシリーズ3作に参加や、NHK出版DVD「天体観測-星空の話」やThomas Film「Page」、Element「Elemental Mind」「STEP by STEP」などスケートビデオへの楽曲提供を行うかたわら、2006年から2010年まで青山蜂で行なわれていたパーティ「MAGNETIC」にレギュラーDJとして出演していたトラックメイカー。HULAHOOPERSのデザイナーとしての顔も持つ。

1998年トラックメイキングを始める。
2004年Adnap Recordsのコンピレーション「Exposed Trax Pack Revision 1」に参加
2004年NHK出版のDVD「天体観測-星空の話」に楽曲提供
2005年「Let's be human beings.」名義で吉祥寺bar Dropのパーティ「Sure Thing」にてDJ活動を開始
2007年二人組バンド「The Creamiest Dreamiest」結成ののち、青山蜂のパーティ「MAGNETIC」に参加
2009年Adnap Recordsのコンピレーション「Exposed Trax Pack Revision 2」に参加
2009年スケートボードDVD Thomas film 「PAGE」に楽曲提供
2010年Adnap Recordsのコンピレーション「Exposed Trax Pack Revision 3」に参加
2011年雑誌 Skateboading付録DVD「Elemental Mind」へ楽曲提供
2012年ELEMENTのアパレルCM「Flex Pants」へ楽曲提供
2012年G-SHOCKのWebサイトにて公開された動画「G-SHOCK × JUN INOUE」へ楽曲提供
2012年G-SHOCKのWebサイトにて公開された動画「Redbull Circle of Balance」へ楽曲提供
2012年G-SHOCKのWebサイトにて公開された動画「BURTON RAIL DAYS Presented by MINI」へ楽曲提供
2013年ELEMENTのDVD「STEP by STEP」へ楽曲提供
2014年HULAHOOPERSの短編作品「Suburban Scenes」へ楽曲提供
2016年HULAHOOPERSより1stアルバム「WANDERER」を発表